墨彩画・書 臥遊

羲之換鵞(ぎしかんが)

書聖とも称される王義之という人は「王義之に始まり、王義之に終わる」
と今でも言われるくらい、素晴らしい書を残した文人で、
書を習っている人にとっては、避けて通ることのできない王義之です。

さて、この王義之は、とても鵞鳥が好きだったようで、
彼にあやかろうとしてか、文房具に鵞鳥を模ったものや、
鵞鳥の画が描かれたものも多く残っています。

私も、王義之にあやかって
鵞鳥を育てようとしたのですが、
鵞鳥を手に入れることができず、
同じ家禽類の合鴨を育てることにしました。

最初は雌雄の判別もできず、
鶏の雛と同じような鳴き声でしたが、
わずか半年もしない間に、
立派な鴨に成長しました。

文人画の画題に、水鳥をよく見かけます。
鴛鴦や鴨は、ほとんどといって良いほどつがいで描かれています。
もちろんのこと、夫婦円満を願った画題です。
山居の合鴨夫婦も、片時も離れずいつも寄り添いあい、
少しでも連れ合いの姿が見えなくなると、
「ガァ〜ガァ〜ガァ〜・・・」と大騒動です。

しかし、鵞鳥が描かれ、
その横に文人らしき君子の姿が描かれた画であれば、
画題は全く変わります。
「王義之像」ということになり、
また時には「義之換鵞」ということになるのです。

この王義之の鵞鳥好きの話が、残っているので、
ここに記しておきます。

王羲之(321〜379年)は幼い頃から鵞鳥が大好きでした。
一羽の大きな白い鵞鳥を飼っている老婦人がいました。
その鵞鳥は、心地よく澄んだ鳴き声をしていました。
これを聞いた王羲之は、それを買い取ろうとしましたが、
断られてしまいました。

そこで、せめてその声だけでも聴こうと思い、老婦人のところに行きました。
ところが、老婦人はあの書で有名な王義之がやってくると知り、
もてなそうとして鵞鳥を料理してしまいました。
これを知った王羲之は大変残念がり、長い間嘆き続けたそうです。

その後、今度は素晴らしい鵞鳥を飼っている道士がいると、
聞きつけた彼は、大急ぎで見に行きました。
鵞鳥は思った通り、まるでこの世の物とは思えないほど美しく、
非常に気に入り、何羽か売ってくれるよう道士に頼みこみました。
そこで道士は言いました。
「わが道観のために『道徳経』の一篇を書いていただけますか。
そうすれば、この鵞鳥を群れごとすべて差し上げましょう。」
彼は快諾し、たちまち書き上げ、
大喜びで鵞鳥を持って帰ったそうです。

山居の鴨を眺めていると、飽くことはありません。
けっしてかっこ良いわけでもないし、
鳴き声だって、美しくありませんが、
やさしい姿、ユーモラスな声と歩く姿、
そしてつがいの愛情から感じる穏やかな感情。
やはり、自然の姿の美しさにはかないません。

エリートの官僚でもあった王義之も、仕事に疲れた時は、
きっと鵞鳥に癒されていたのでしょうね。

BACK